トリコチロマニア 101

トリコチロマニア自助グループのブログです。旧ブログは"ひとりじゃないよ"です。 email: trichotillomania.japan@gmail.com

行き過ぎたポジティブ思考:ポリアンナ症候群とは

 

matome.naver.jp


まずは、まとめサイト をご一読くださいませ。

自分のひどいネガティブ性を、自分自身で初めて意識&自覚できたとき、
その反動で、

「そうだ ポジティブ思考にならなきゃ!!」

の嵐に襲われる人たちが、この世の中にはたくさんいます。

言っちゃ悪いがと言いつつ言っちゃいますが、昨今の抜毛症界隈にも、けっこういらっしゃるような気がします。ポジティブ思考にならなきゃ!の勢いのまんま、ブログ始める人は要注意だし、そんなブログの読者の方々もどうか騙されませんように、と願わずにはいられない。(私は、ポリアンナ症候群ブログはみないようにしています。気持悪くなるので。)

めざすべきは、ポジティブ思考じゃなくて、ニュートラル思考のほうがいいんじゃないかと個人的には思っています。
その、ニュートラル思考とはなんなのさ?となりますが、ニュートラルはニュートラルなわけで、あ、中立や中間と訳されるのはイヤです。意味としてはそれじゃない。意訳としては、泰然自若、とかもいいかもね。


ちなみに、これ↓も似たようなもんです。ご参考までに。

 

 

安冨せんせ/「あゆむ」→「あゆみ」へ名前変更の理由

 
安冨歩せんせ(東京大学東洋文化研究所教授)のことは以前よりツイッターフォローをしており、たまにリツイートもしていたのですが、去年は埼玉県東松山市長選に立候補し落選(でも活動1週間で約7000票獲得)、現在れいわ新選組から参院選立候補中となっています。

安冨せんせのご経歴:
京都大学卒→住友銀行(現三井住友銀行)入社&退社→京都大学大学院→京都大学助手→名古屋大学助教授→東京大学准教授→東京大学教授

非の打ち所のない、文句なしのスーパーエリート経済学者ですが、
いつも不思議なことを言う。経済学者なのに、なぜか "東大話法" をテーマにした本を書く。

その根っこは親子関係にある、とのことなので、親子関係に悩む人は、この街頭演説は必見です。ぜひ、チェックしてみて。

youtu.be




セルフケアとは?

 


↑ 5月に京都で開催された医療関連の学術大会(つまり学会)とのことですが、学会名からはどんな学会か、よくわかりません。。。しかしながら、医者や薬剤師やコメディカルなどの医療従事者が参加しているらしく、薬剤師による実況中継ツイートがあったので、以下に抜粋。


クスリが、セルフケアにはかなわない!と学会で発表されているというのはなかなか興味深く、お見知り置きをと思いまして、ブログにも残しておきます。

じゃあ、その、クスリの上をゆく、セルフケアってなに?となりますが、
他人任せじゃなく、主導権は自分で握る、みたいな感じでしょうか。
以下、コトバンクより抜粋。

セルフケア・せるふけあ・self care
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説より

自分自身で自分の生命、健康、安寧を維持・管理するために、自らの意思をもって行動し、またその技法を身につけ実践すること。また、そのために医師や医療専門職を積極的に利用することも含まれる。自己ケアともよばれ、自分で整体の施術を行う場合などでは自己療法と同じ意味で使われることもある。また生活習慣病の予防などを目的に、自分自身で健康管理を行うという意味のセルフメディケーションという用語もある。これは、アルコール依存症や慢性疾患などの問題を抱える患者や家族同士が、互いに支え合うことを目的に集まり、相談や援助を通して問題を解決しようとするセルフヘルプ(自助)ととともに、1980年前後から広まってきた考え方で、人が自らの健康問題に主体的かつ積極的にかかわり、自ら決定していくという概念がその根幹にある。
アメリカの看護師オレムDorothea E. Orem(1914―2007)は自らのセルフケア理論のなかで、人にはセルフケアを意図して行う能力が備わっていると主張し、自分自身の機能や健康の維持、成長や発達、疾病や障害および治療など、セルフケアで達成すべき目標をセルフケア要件として具体的に示した。またエール大学名誉教授レビンLowell S. Levin(1927― )はセルフケアについて、人が自分自身の健康の維持・増進、疾病の予防や治療のために行うプロセスであると定義し、個人のセルフケアの役割として、健康の維持、疾病の予防をあげ、これを実現する手段として、自ら行う診断や治療および服薬、専門家によるサービスの活用をあげている。

 
抜毛症も
・他人任せや
・他力本願や
・奇跡を信じているときって
ほんとに快方しないんです。
つまり、えーっと、、、言いたいことわかっていただけるとありがたいです。





決心と反省と苦しみと自傷と良い子病(ある?ある!大辞典より引用)


いつかのピアサポでもらった冊子:
NABA・摂食障害 ある?ある!大辞典 より引用しました。(←禁無断転載ってなってない!)オリジナルでは「摂食障害」のところ、あえて「抜毛癖」に置き換えています。

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決心:
だいたい裏切られる。抜毛癖の日常は日々「決心」の連続だが、自分いじめ的思考をベースにした決心はろくな結果に結びつかない。気がつくと口から出ている「がんばります!」「明日こそ!」にはご用心を。

反省:
百害あって一利なし。しかし、自己否定の深みに浸るのもまた蜜の味。

苦しみ:
「苦しみは変わらない。変わるのは希望だけだ」と言ったのは誰だったか…。
残念ながら、症状が無くなっても苦しさは変わらないという意見がNABAでは大勢。おっと、絶望するのはまだ早い。変わっていくこともあります。それは、「向き合い方」。時に向かい合い、時に受け流し、助けを求めてみたりあえて求めなかったり、その時々で選択を…。抜毛癖を生きたあなたは、そんな柔軟な生き方をきっと身につけられるはず。苦しみこそが人生のコク。しっかり味わってもがきましょう!

自傷(ここではリストカットを指している模様)
「死にたいわけじゃない、むしろ生きるために切っている」というパラドックス言語化している仲間が多数。分かっているのになぜやるのか?それはそのやり方しか知らないから。切ることでしか今日をやり過ごせなくて、一瞬の解放感の後、やってしまった自分を責めながら眠りにつく…。自分を痛めつけることで、ある感覚を麻痺させて生きのびる。そういう意味では、抜毛癖も自傷のひとつといえる。

良い子病:
抜毛癖当事者のまたの名前。従順で、他人の期待を敏感に読みとっていつもニコニコしている一方で、「良い子」を保つために、怒りや不快感・寂しさなどは無意識のうちに抑圧する。抑圧され、お腹のなかでドロドロになった恨みの感情の噴出が抜毛癖であるともいえる。従って、回復・成長の過程で、一旦は、良い子からはずれてみるのも必要。(以下省略)

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大辞典なので、もっとあるんですが、取り急ぎここまで~。

 

なんでそんな物が必要なんだ

 

www.excite.co.jp


伊集院さんが、ラジオで言ってたの聴いて(3月13日のラジオのオープニングですね。ユーチューブにあると思う)、そりゃもう話は上手いし、説得力あるし、
「なんでそんな物(=コカイン)が必要なんだ」
と伊集院さんが言えば、リスナーのほとんどは「そうだ!そうだ!」と同意してしまうのでしょうが、元アディクション当事者としては、そうじゃないのよー!、と思わざるを得なかった。


抜毛症も、同じことを言われても全然おかしくないと思うんですよね。
「なんでそんな事(=抜毛症)が必要なんだ」?って。
抜毛当事者の周囲の人たち(家族とか)もそう思っているかもしれませんし、抜毛当事者もそう思っているかもしれません。

例え周囲の人たちに理解されなくても、自分自身で、これ、考えるの大事だと思います。

広義の意味では、コカインも抜毛癖も同じ!

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